ピース・キャッツ 「ミリキタニの猫」画文集
先週は「
夕凪の街 桜の国」を見に行って来ましたが、今週は首尾よく試写会が当たりましたので、
「
ミリキタニの猫」を見に行って来ました。それにしても暑かった……。
別に調整したわけではないのですが、「夕凪の街 桜の国」は原爆がテーマでした。そして「ミリキタニの猫」も、その中で原爆が重要な意味を持ちます。この映画の主人公であるミリキタニの母方の実家は広島にあり、原爆投下で彼の母親の家族は全滅してしまいました。
ミリキタニはニューヨークの路上でホームレス生活を送っており、猫に餌をあげたり猫の絵を描いたりしていました。施しは受けず、絵を買ってもらうのだそうです。そんな彼の前で足を止めたのは、若い映像作家のリンダ・ハッテンドーフ。猫好きの彼女は猫の絵を描く老人に興味を持ち、彼の映像を撮り始めます。
彼は絵を描きながら、自分の若い頃の話を語ります。第二次世界大戦の時、ツールレークの日本人収容所に入れられたこと。そこでの生活のことを。祖父が孫に語るように。
ハッテンドーフが彼と出会ってから、半年以上が過ぎ、八月六日がめぐってきました。彼女の前でミリキタニは原爆の絵を描きながら、広島に住んでいた母の家族が原爆投下で死亡したことを語ります。
このまま普通に時間が過ぎて行けば、この物語は単なる「猫好きの女性監督と、祖父程に年の離れたホームレスの画家の交流」で終わったでしょう。ところが舞台は2001年のニューヨーク。9月に同時多発テロが起こります。辺りが粉塵とガスで息もできないほど。路上で寝るなどとてもではないができません。そしてハッテンドーフは言うのです「うちへ来ない?」と。
ここで「普通できることではないな」と思いました。いや、もちろんこれは実話ですが。幾ら交流があったとはいえ、血縁関係も何もない他人のホームレスを、自宅に連れ帰って面倒を見る、なんてできる人がどれくらいいるでしょうか。
ハッテンドーフはミリキタニを自宅に連れて帰り、二人は一緒に生活を始めます。ミリキタニはひたすら絵を描き、外に出た時に「イラクに原爆を投下しろ」と書かれた落書きを見て「バカども。原爆のことを何もわかっとらん。みんな灰になるんだぞ」と吐き捨てるように呟きます。この言葉がとても重かった。
ハッテンドーフはミリキタニを自宅に連れ帰り、一緒に暮らし始めます。彼女はアメリカの社会支援団体に電話をかけ、彼を支援できるところがないか探します。ミリキタニは「余計なことはするな」の一点張り。彼は収容所に入れられた時、アメリカの市民権を捨てる書類にサインさせられていました。自分はもうアメリカ国民ではない、従ってこの国のものなどいらない、という姿勢を貫こうとします。はっきり言って、頑固ジジイです。今じゃ日本では絶滅しかけていますが、こんなところに生息していたのです(おい)
頑固ジジイのミリキタニは、ハッテンドーフが深夜近くに帰宅してくると「若い娘がこんな時間まで出歩くものじゃない」と説教を始めます。まるで父親です。ハッテンドーフはさらっと受け流し、猫に話すふりをしながら自分の考えを述べます。会話をする二人は、まるで祖父と孫のようでした。
ある日新聞に、ジャニス・ミリキタニという女性の記事が載ります。詩人だというその女性は、第二次世界大戦の時に日系人が収容所に収容されたことを引き合いに出し、今度はアラブ人がバッシングを受けるのではないかと懸念していました。ハッテンドーフはその記事をミリキタニに見せると、「珍しい苗字だから親戚かもしれん。調べてくれんか」と頼まれます。連絡を取ったところ、従兄弟の娘であることが判明しました。
この作品には多くの小さな奇跡が登場します。そもそもハッテンドーフがとミリキタニが出会っていなかったら、そしてハッテンドーフが映像を録ることを思いつかなかったら、もし911が起きなければ、どれが欠けても成立しえない物語でした。そしてミリキタニはハッテンドーフの地道な努力のおかげで、自分の市民権が既に回復していたことを知り(アメリカのお役所仕事って杜撰なのかなあ)、年金を貰えるようにもなります。生き別れになった姉が生きていることも判明し、再会も適いました。
真面目な題材ではあるのですが、映画自体は決して暗いものではありません。ミリキタニは頑固ですが、同時にお茶目なジジイでもあり、かなり見ていると笑ってしまうシーンがあります。また、最初から最後まで彼を支え続けたハッテンドーフ監督の暖かい視線が、存分に感じられる作品にも仕上がっていました。
公開は9月とまだ先ですが、一人でも多くの人に見てほしい作品です。ただちょっと引っかかったのが、字幕の読みにくさです。背景とかぶってしまって読みづらい箇所がたくさんありました。そもそも、ミリキタニの英語はかなりブロークンで聞きづらいらしく、彼の台詞だけ英語字幕が入る為、日本語の字幕は全部横に出るのです。これが一層読みにくくしているような気もします。本公開までに、何とかしてほしいです。
試写会の後で、ハッテンドーフ監督本人の舞台挨拶がありました。監督はミリキタニと一緒に、八月六日の広島の平和式典にも参加したのだそうです(その際の様子は公式サイトに載っています)ミリキタニ氏本人も登場し、一曲歌ってくれましたが、何の歌だか私にはわかりませんでした(汗)